この記事は、「エアコミケ2」で頒布した同人誌「Neeton 2020冬」内の記事「私の好きな推しの歌詞」を一部加筆・修正したものです。
こんにちは、天文同人サークル「アインシュタインクロス」所属のうまうまと申します!
突然ですが、伊東歌詞太郎さんというシンガーソングライターを存じでしょうか?
2012年からニコニコ動画で、主にボカロ楽曲のカバーの歌唱活動(いわゆる「歌ってみた」動画を投稿する「歌い手」)を開始。2014年にメジャーデビューを果たし、現在はシンガーソングライターとしてご活躍されている方です。
私の大好きなアーティストさんなのですが、今回はその伊東歌詞太郎さんの「アストロ」という楽曲に出てくるワードについて、天文学的な視点から考察をしてみたいと思います。伊東歌詞太郎さんをご存じなくても、宇宙・天文好きな貴方ならきっと興味を持っていただけるはず…!
ということで、私の独断と偏見による歌詞解説にお付き合いいただけますと幸いです。
「アストロ」の歌詞
まずは、今回のテーマの楽曲の「アストロ」の歌詞を眺めてみたいと思います。
「アストロ」 曲:buzzG 歌:伊東歌詞太郎 出典:https://www.nicovideo.jp/watch/sm23467426 色褪せた設計図 作りかけのシャトルを見せて 神への背信か 大いなる一歩か 高く飛ぶために 深くしゃがむことも必要 そんなことはとうに わかってるだろ 不思議と嘲笑う声は 耳に入らなくなっていた 伝えたい言葉は 飲み込んで 緑色の星に 出くわした夏の終わりから 見上げ続けた 金色の空 満月に恋をして 太陽に焦がれ 届かなくて泣いた日もあった 声が掠れて 膝を抱えても 宇宙船は構わず進むのに 誰かが囁く「知らなくていいこともある。」と そんなの頷ける わけがないだろ 緑色の星が 僕の背中を強く押してる 少しの勇気が片道切符さ ずっと探していた 傷つかない世界を そこに行くのは簡単なこと 何もしないこと エンジンは焼き付いて 翼は折れて 大気圏でだいぶ失った それでもまだ 信じてるのさ 無呪力の先の栄光を 飛び続けろ 燃え尽きても 満月に恋をして 太陽に焦がれ 夢を見てる僕は謳う 息もできないほど美しい そんな場所へ宇宙船で 何万光年の旅を始めよう
美しいMVと共に伊東歌詞太郎さんの力強い歌唱が味わえる原曲は非常に魅力的です。ここから先は、ぜひともリンク先のニコニコ動画で原曲をお聴きいただきながらお読みいただければ幸いです。
さて、タイトルからして天文っぽさ全開1のこちらの曲ですが、歌詞の中にも星や宇宙に関連する言葉がたくさん出てきています。
そんな中でも今回注目したいのは、1番と2番両方に出てきている「緑色の星」という言葉です。
緑色の星、これは曲の中でどのような意図で書かれているのでしょうか。作詞者のbuzzGさんの意図はもちろんご本人のみぞ知ることですので、ここから先の内容は私の妄想になります。
まず、この曲で歌われているのは、周囲からは笑われつつも諦めずにひたむきに夢に向かっていく人の様子です。「緑色の星」はその主人公(?)の背中を押してくれる存在として出てきています。
さて、この緑色の星とは何者なのでしょうか? モデルになった恒星があるのでしょうか? そもそも、どうしてこの星は「緑色」なのでしょうか? 星なのですから、青でも赤でも黄色でも良かったはずです。
いかがでしょうか。鋭い方はお気づきになられたはずです……緑色の星って存在していたっけ……? と。
星の色の物理
少し天文学の話をしましょう。星の色、と言われてどのような色が思い浮かぶでしょうか? 今は冬ですから、例えば青白いシリウス、赤いベテルギウス、黄色いカペラなどでしょうか。春の空には、非常に赤いことで有名な、うさぎ座のR星・別名「クリムゾンスター」という星もあったりします。他にも、春だと「めおと星」とも呼ばれているおとめ座の青いスピカと、赤い色のうしかい座のアークトゥルスなども有名です。夏に見えるはくちょう座の連星アルビレオは美しい黄色と青色の二つの星が近くに並んでおり、宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」にも書かれています。
さて、このように、綺麗な色の星として有名なものをいくつか挙げてみましたが、緑色の星というのは出てきませんでした。そうです、緑色の星(恒星)は存在しない、さらに言えば緑色の星は科学的にありえないのです。
緑色の星は実在はしない星、意図的ですが言い換えれば「目には見えないけれど背中を押してくれる物」。ということで、この曲の中での緑色の星は、この人だけに見えたチャンスや希望・憧れのような存在なのではないかと、筆者は考えています。
これで緑色の星の謎が解けたでしょうか? 一件落着ですね……とはなりません。この記事は「天文学がちょっとわかる雑誌 Neeton」もとい、Einsteins’s Crossの記事なのです。
緑色の星がなぜ存在しないのか、この記事の締めとして簡単にご説明させていただこうと思います。
緑色の星が存在しないワケ
そもそも、私たちが星を見ることができるのは、星の発する光が私たちの目に届くからです。
星の光には、色々な色が含まれています2。その星がどんな色に見えるかは、どの色がどれくらい含まれているか、さらに言えば私たちが感じることのできる3色(赤、青、緑)がそれぞれどの程度含まれているかによって決まります。
例えば、黄色に見える星は相対的に青色の光の量が少ない星です。青い色の星は、赤色や黄色の光よりも青い色の光が多いために青く見えます。ということは、他の色よりも緑色の光の多い星があれば、緑色に見えるはずです。それでも緑色の星がないというのを理解するには、光に関するもう一つ別の仕組みを知る必要があります。
もう一つの仕組みとは、色と温度の関係です。正しく理解するには「量子力学」と「統計力学」という物理学の分野を勉強する必要がありますので、ここではイメージだけつかんでいただければと思います。
温度と色の関係というのは、「この温度の物体はこの色の光を出す」という関係です。先程の「星がどんな色に見えるかは、どの色がどれくらい含まれているかによって決まる」ということを考えれば、この温度と色の関係は「それぞれの色がどれくらい含まれるかは、その物体の温度によって決まっている」と言えるでしょう。
また、温度ごとに「持っている量が一番多い色」というのがあり、たとえば青い星などは実際に青色の光が一番多いために青く見えます。しかし白く見える星は、白の光が強いのかと言うとそうではなく(そもそも「白単色の光」というのは存在しません)、全ての色がかなりの量含まれているので、混ぜた結果白く見えているということになります。
では、本題の「緑の星」に戻りましょう。「緑色」を一番多く持っている星、というのは存在します。Wien の変位則という計算式を使うと、だいたい5000℃〜6000℃程度の星であれば緑色の光を一番多く持っていると考えられます。
しかしそれでも緑色に見えないのは、緑色の光と同じくらい、他の色の光も持っているからなのです。結果としては、これくらいの温度の星は我々の目には白く見えることになります。これで「緑色の星が存在しない」理由、納得いただけたでしょうか?
おわりに
今回の記事では、私の好きなアーティストさんの楽曲を通して少し天文学や物理学の面白い部分に触れていただきました。本当は、星の光の見え方は温度だけではなく、地球の大気の影響や光の強さそのもの、あるいは星の周りにある物質なども関係してくるもので、単純なものではありません。
興味が湧いたという方がいらっしゃれば、ぜひこれを機に天文学の広い広い世界に気軽に足を踏み入れていただければ幸いです!
では、最後に。ぜひ伊東歌詞太郎さんの曲も聴いてみてくださいね!
執筆者紹介
執筆:うまうま
Twitter:@hanao117
この記事は Astro Advent Calendarの企画記事です
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