【Astro Advent Calendar 12/5】南アフリカでクリスマスを過ごした話-後編

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こんにちは、本記事はAstro Advent Calendar 12/4の続編です。引き続き担当はうまです、よろしくお願いいたします。

前編はこちら。

前回のあらすじ

褐色矮星等の観測のために先輩と二人南アフリカに渡った9年前のわたくし
ケープタウンにある南アフリカ天文台の施設でサトウのご飯とワカメのインスタント味噌汁で2日を過ごしたのち、ドナドナカーに揺られておよそ350km離れたサザーランド天体観測所に到着しました。

いったいどんな2週間が待っているのか……!?

人生最高の星空に出会う

サザーランド天体観測所の滞在には、一人一部屋割り当てられます。通常のビジネスホテルよりも広めで石造りのオシャレな部屋なのですが、なんとお湯は日中に温めて溜めておいた分のみしか使えません。しかも何処か一箇所に保管してあるらしく、誰かが大量に使うと他の人の分がなくなるということでした。電気で温めていたのか、あるいは太陽光で温めていたのかは定かではありませんが、いずれにしてもこのような人里離れた土地で水道が使えるだけでもありがたい話です。

夕食はまだ明るいうちに食堂に集まって、各国の観測者たちが2-3テーブルに分かれて食事を摂ります。
なんだか良く分からないけど初めて食べる美味しいお肉を楽しんだり、やはり初めて食べるビーツ入りのボルシチを食べたりと、なかなか新鮮な食事でした。ちなみにこのお肉はのちに消去法で「羊肉」であることが判明するのですが、これ以降私は羊肉が大好物になりました。お気に入りは目黒にある羊のしゃぶしゃぶのお店ですが、南アフリカで食べた羊を超えられません。
なお、テーブルを囲むメンバーは皆さん日本語なんて当然通じないので、無限英会話リスニング状態の夕食です。

夕食後は通常であれば各々が観測の用意を始めるのですが、その日は到着したばかりなので観測はなく、休息に充てます。
部屋に戻り満腹感からくる眠気に任せてベッドの上でゴロゴロしていると気づいたら寝ており、ふと目を覚ました時には、もう外は真っ暗でした。ガラケーの時刻を見ると22:00です。
窓のカーテンすら閉め忘れていたのですが、どうやら窓の外には電灯か何かがあるらしく、わずかに白く光って……いやいや、天体観測所に電灯なんてあるわけがありません。あっても夜の観測時間に点灯するはずがありません。では月でしょうか……? 窓の外の白い光の正体を突き止めるべく眼鏡を引っ掴みました。

そこで眼鏡をかけた私の目に飛び込んできたのは、月でもなく、もちろん電灯ではなく、なんと天の川だったのです。
この時の天の川の明るさの衝撃だけはいまでも鮮明に思い出せるほどです。暗い石造りの部屋の壁を切り抜く窓枠に、電灯や月かと思うほどの明るさの天の川。ハワイのマウナケア山ですらここまでの天の川は私はお目にかかっていません。

よく、「今まで見た一番綺麗な星空はどこですか」と聞かれるのですが、私にとってはこのサザーランドで見た天の川が人生一です。ただ、この話をしても「え、南アフリカ?」と突っ込まれてしまってなかなか星空の話まで辿り着かず、いざ天の川の話になる頃は相手は「そういう長さの話を期待したんじゃあないんだよなあ」と思っていることでしょう。
次からこの質問をされたら、本記事のURLをご共有しようと思います。

観測エブリデイ!

夕食の話や寝ぼけ眼で見た天の川の話はさておき。
ようやく本題の観測の思い出話をさせていただきます! と言っても写真も何もない状態でただ文章を読むだけだとそろそろ既に疲れておられることでしょう。ここは社会人らしく、サクッと要点をまとめましょう。

  1. 宿泊施設と望遠鏡の交通手段はオンボロMT車
  2. マザボすら自分で交換する!? 「なんでもやる」観測
  3. トイレに行くのが命懸け、暗闇と野生動物に注意
  4. 帰りのドナドナカーの運転手さん、初音ミクにびっくり

4本立てです。順にご説明しましょう。

宿泊施設と望遠鏡の交通手段はオンボロMT車

宿泊施設と望遠鏡は目と鼻の先ではあるのですが、望遠鏡の方が少々標高が高いところにあります。徒歩だとショートカットルートを通って15分、車だとだいたい5分ほどの距離です。
車は望遠鏡ごとに決められているのですが、なんとマニュアル車。それもたいそうオンボロで、いつ止まってもおかしくないと車体全部で主張しているかのような風態。
私はマニュアル車の免許は残念ながら持っておらず、同行の先輩に運転してもらっておりました。
問題は先輩が1週間の観測を終えて帰国し、私一人が残される後半の1週間です。運転はどう考えても不可能だったため、15分ほど毎日上り下りすることにしました。
ただ歩くだけなら良いのですが、実は観測は深夜3時頃にはだいたい強風や湿度の高さによって終了せざるを得なくなり、朝日よりも先に引き上げて休むことが多いのです。まだ暗いうちに徒歩で山を下るのはあまりにも命の危険がありそうだったので、後半の1週間は他の望遠鏡の人が続々と施設に帰る中、一人寂しく望遠鏡の建物でポケモンをするなどして過ごしていました。
私はこれ以上の孤独を今までに味わったことはありません。

マザボすら自分で交換する!? 「なんでもやる」観測

すばる望遠鏡のような大きな望遠鏡は、観測者は基本的には操作をしません。望遠鏡を動かしてくれるエンジニアの方がいて、装置を動かしてくれるサポートアストロノマーと呼ばれる方がいて、観測者は「こういう領域をどれくらいの時間で撮ってください」という指示をするというのがほとんどです。

しかしサザーランドにある日本の望遠鏡は無人。望遠鏡の立ち上げ、装置の立ち上げ、装置の冷却装置の立ち上げ、それらを管理するPCの立ち上げなどなど、すべて観測者自身の仕事でした。
これらを先輩から教えてもらいつつ習得していくのですが、よく不具合が発生します。原因がどこにあるのかをその都度確認し、時にはPCのマザーボードの交換まで行うといった対応も必要でした。その場にある部品だけでPCを動かす、というドキドキハラハラ体験も過去一だったことは間違いありません。

なお、一応サザーランド天体観測所全体を見てくれる望遠鏡技師の方が一人いらっしゃって、本当に困った際は内線電話で呼べば対応してくれるのですが、電話して来てもらうと大体不具合が再現しないのです。もちろん説明も英語なので、通じないことこの上なく。不具合なんてそんなものなのかもしれません。

トイレに行くのが命懸け、暗闇と野生動物に注意

望遠鏡にはトイレがなく、少し離れた物置の長屋のようなところに共同のトイレが設置してあります。
日本の公衆トイレよりも綺麗で、トイレそのものに不満はないのですが、トイレまでの道のりがある意味命懸けでした。

南アフリカといえば大自然が思い浮かびますね。サザーランド天体観測所の周囲もそのイメージ通りに野生動物がそこそこ生息しており、たとえばスプリングボックと呼ばれる大型の動物もウロチョロしています。サバンナのドキュメンタリーでライオンが狩っているアレです。

スプリングボック - Wikipedia

さらに周囲は観測中の望遠鏡だらけですので、光はご法度。
初めてトイレに行こうとした際には先輩から「星がない場所が建物だよ」とありがたいアドバイスをいただきました。
一歩場所を間違えれば、なだらかではあっても崖です。どこに動物がいるかもわかりません。命懸けでトイレに行くなんて、夢の中の話だけかと思っていました。日本は安心してトイレに行けて、本当に良いところです。

帰りのドナドナカーの運転手さん、初音ミクにびっくり

先輩が帰国してからは、言葉の通じない異国の僻地でなんの肉か分からない肉を食べながら硬水とジュースを啜って生き永らえていた私ですが、ようやく街に降りられる12/25の前日となりました。

1週間もソロ観測ライフを過ごした私は、望遠鏡おひとりさまサバイバルの玄人になっておりました。
マニュアル車が運転できずに毎日登山する私の横を偶然通りがかって乗せてくれる車が現れた時のために「乗せてもらえますか?」という英語を練習したり。
望遠鏡が不具合を起こせばよじ上って直したり生きているマザボを探して交換したり。
観測が順調で暇であればニンテンドーDSでポケモンの卵の孵化作業に勤しんでボックスをイーブイとチルットまみれにしたり。
他の望遠鏡の観測者が帰ってしまったあとあまりに怖すぎるので、観測室でニコニコ動画のボカロ曲メドレーを大音量で流しながらカラオケをしたり。
それはそれは、今では考えられないような過酷な1週間を過ごし、ひと回りもふた周りもたくましくなりました。

さて12/25の前日、すなわち12/24。私以上に「クリスマスイブってなに?」と思っていた日本人はいないと断言できます。
日本? そんな国本当にあるんだっけ? 状態の私の心の拠り所は、skypeに興じてくれる実家の家族とニコニコ動画だけでした。
そんな中、12/24の観測中に翌日のドナドナカーの運転手さんが尋ねて来ました。ちょうど40mPさんんの「タイムマシン」を流しているところでした。

【初音ミク(1640㍍)】 タイムマシン 【オリジナル】 - ニコニコ動画
【初音ミク(1640㍍)】 タイムマシン 【オリジナル】 バイバイ、夏休み。作曲:40mP 作詞:164 編曲、調声:1640mPイラスト...

いわく、「明日のドナドナカーに乗るのはキミだけだけど、時間は予定通りでいいかな」的な確認でした。もちろんOKと返し、そのまま帰ってくれるかと思いきや、「この曲は誰が歌ってるんだ?」的なコミュニケーションが始まってしまいました。

「陽キャにボカロを聴いているのを知られて0から説明するオタク仕草」を南アフリカでやる羽目になるとは思いませんでした。

おわりに

そんなこんなで私が覚えている限りでの南アフリカ滞在記はほとんど終わりました。
本当は、街に降りる日のドナドナカーで運転手さんがやたらスピード出すと思ったらトイレに行きたかったっぽい話や、街に着いてから「クリスマスだしどこか案内してあげるよ!」という親切なお誘いを断った話や、じつは12/25は観測所のみんなでささやかなクリスマスパーティをしていたらしいと言う話もあるのですが、キリがなくなりそうなので割愛です。

さて、これをお読みいただいているあなたは、こちらを覚えておいででしょうか……?

ケープタウンにある宿泊所に戻って意気揚々と冷凍庫を開けたところ、タンドリーチキンなんてありませんでした

おまけ

南アフリカ用の変なプラグ

旅の思い出

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