【Astro Advent Calendar 12/8】王道じゃ面白くない!惑星界の “異端児” 水星に魅せられて (Üdai)

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 世界には数百万人もの研究者がいるという。それぞれがそれぞれの目標に向かって日々研究に邁進しており、その目標は研究者の数だけ存在する。それでも、どの分野にも分野全体の究極の目標や流行りというものがある。惑星科学分野の究極の目標には「地球や太陽系はどのようにしてできたのか」「地球以外に生命は存在するのか」などがあり、太陽系外惑星や火星は研究対象として比較的人気が高い天体だと言えるだろう。

 しかし、「王道じゃ面白くない!」と、どうしてもこれらの天体を研究する気になれない駆け出しの研究者がいた。そう、筆者だ。
 天邪鬼な筆者が興味をそそられた天体は、惑星界の “異端児” 水星である。水星は太陽のすぐ近く、太陽から約4,500億 km〜約7,000億 kmの場所を公転しており、季節によっては地面が400℃以上にまで上昇する。一方で、大気がないために夜になると地面が一気に冷え、辺りは-200℃近い極寒の地へと早変わりする。この極端な温度差以外にも、太陽からは有害な紫外線、放射線などが飛んでくるし、周囲からはごく小さな隕石や塵が降り注ぐ(図1)、もはや生命が生きられない要素の詰め合わせの天体である。惑星科学分野の究極の目標に照らし合わせてみれば、一見研究価値が無いようにさえ見えてしまう。 勿論、断じてそんなことは無い。公転軌道の関係で、探査機を送り込むことも地球上から望遠鏡で観測することも難しいため、どうしても観測データが不足してしまうのは仕方がない。しかし、それでも水星には他の天体には無い魅力があるのだ。

図1 極端すぎる水星の環境

 一般的に惑星は重くなればなるほど内部の圧力が上昇して押し固められるため、密度も大きくなる傾向にある。しかし、水星は金星・地球・火星(と月)と比べてみると、軽い割に密度がとても大きい(図2)。数十億年前に大きな天体が水星に衝突した説(ジャイアントインパクト説)・水星ができる前から太陽系内の物質の分布が大きく偏っていた説など、水星の異質性を説明する学説はいくつか出されているが、未だに決着はついていない。これが解決されれば、地球ができた頃の太陽系の環境の理解が大きく前進するだろう。

図2 太陽系の岩石惑星と月の質量・密度の比較

 また、少々マニアックにはなるが、日頃天体が周囲の宇宙環境からどのような攻撃を受けているかが見やすいのも水星の大きな特徴だ。筆者はまさにこれを研究して間もなく4年となる。ポットで水の温度を100℃まで上げれば、沸騰が起きてお湯の内部から沢山水蒸気が発生する。これと似た原理で、熱々に加熱された水星では、地面を構成する岩石の中から、特に揮発性が高いナトリウムや酸素などの原子が放出され、次々と宇宙空間へと逃げていく(原因は高温だけではないが、これ以上深入りはしないでおく)。これを利用すれば、逃げていく原子の種類と量を詳しく調べることにより、水星がどのような攻撃に晒されているのかがよく分かる。地球も本来は太陽など周囲の宇宙空間環境から常に攻撃を受けているが、分厚い大気などがその影響の多くを揉み消してくれるため、どうにか生命が暮らすことができている。苛烈な環境に晒されている水星は、惑星たちにとって周囲の宇宙環境の何が特に有害なのか、地球の何が我々人類を守ってくれているのか、身体を張って教えてくれているのだ。
 

 地球外生命といえば系外惑星や火星、と王道の研究を行うことの重要性は言うまでもないが、一方で、逆にどこからどう見ても生命が存在できなそうな水星を研究し、生命にとっての “敵” を深く知ることも重要である。
 “異端児” の水星が実は惑星科学分野の究極の目標を解く鍵となるかもしれない。むしろ王道とは異なる視点から研究を行うことで、王道にいる多くの研究者をアッと驚かせる意外な一発を出せるかもしれない。なんとワクワクすることだろうか!

 しかし、王道ではないだけあって、学会などの研究者の集まりに行っても “同業者” がほとんどおらず、水星に関する研究発表をするのはいつも決まって有名な先生と駆け出し研究者の自分だけ。寂しいものである。もしも26歳になった筆者にもサンタさんがプレゼントをくれるのなら、筆者とともに一見マニアックな獣道を進む戦友をお願いしたいものだ。

執筆者紹介

Üdai
すいせい(水星・彗星)の大気や探査機に搭載するカメラの開発に関わる研究を行う一方で、「惑星の探検家」としてYouTubeチャンネル「宇宙冒険隊」など多様な媒体で活動中!

HP: http://spaceadv.wp.xdomain.jp
Twitter: https://twitter.com/ppak_kappa
YouTubeチャンネル: https://www.youtube.com/c/uchuuboukentai

この記事は Astro Advent Calendarの企画記事です

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