【Astro Advent Calendar12/16】あなたが読んだN回目の重力波のお話(えとある)

物理

Astro Advent Calendar 12/16 日分を担当させていただきます、えとあると申します。

今回の記事のトピックは「重力波」です。この言葉や現象について、読者である天文ファンの皆様がどれくらい馴染みのあるものなのか、正直筆者の私にはまったく感覚が分かりません。

とはいえ、ここ最近の 5 年くらいで「重力波」という言葉はだいぶ認知度が高まってきたのではないでしょうか?2016 年にアメリカの重力波観測所 LIGO によって人類史上初の重力波の直接観測が達成されて以来、ブラックホールや中性子星からなる連星が合体したときに生じる重力波イベントの観測数は 2021 年 12 月時点で 90 にも上ります。

重力波で観測されたブラックホールや中性子星からなる連星の合体前と合体後の質量(出典:LIGO-Virgo-KAGRA / Aaron Geller / Northwestern )

では重力波とは何か? この質問に対するよくある回答は「時空の歪みが波のように伝わっていく現象」などというものです。名前では「重力」の「波」だと言っているのに、説明では「時空」などという SF の中でしか見ないようなワードが出てきて「おまえは何を言っているんだ?」と思ってしまうのも無理ありません。本記事ではこの「重力波」という非日常的な代物がどんなものなのか、「なんもわからん」な状態の方がふんわりイメージできるようになるくらいを目標に、なるべく現象論的な解釈を多めにゆるーく紹介していければと思います。

重力波ってなに?

重力波という捉えどころのないものを観測可能な現象に落とし込むために、一見すると解釈の難しい「重力波は時空の歪みが波のように伝わっていく現象」という説明を少しずつ噛み砕いて見ていくことにしましょう。

まず「時空」という言葉について。時空とは「時間」と「空間」を 1 単語にまとめた言葉です。このうち 1 つ目の時間とは私たちの日常生活の中でも絶え間なく過去から未来に向かって一方向に流れていく「時」そのものです。また 2 つ目の空間、これも私たちが日常生活の中で物を置いたり動かしたり、あるいは自分自身が存在し動き回ったりしている、前後左右上下の 3 方向ある「空間」のことです。

ではその時空が「歪む」とはどういうことでしょうか? 深く考えずイメージすると「ぐにゃあっ」みたいな感じでしょうか。いきなりイメージとかいう雑すぎる感性的説明になってしまいましたが、より堅苦しく表現するなら「物体が本来ある/過去あった物理的形状から、元の概形を類推できる程度に変化・歪曲しているさま」と言えるでしょう。物理学ではしばしば物体の位置や運動を適切な座標系を選んで記述しますが、時空が歪んでいるというのは本来格子点が等間隔に並んでいて基準線が直線で引かれているべき座標系がいびつに曲がっている(下図)ようなイメージが思い描かれます。

中心の質量(白点)で歪められた時空(出典:Wikimedia Commons)

このように時空が歪められてしまうなんてことが本当にありえるのでしょうか? 答えは Yes です。実は私たちの住むこの宇宙という入れ物は、質量のある物体が存在するとその物体の周囲の時間と空間が捻じ曲げられる性質を持っています。たとえ直径約 1 cm のパチンコ玉のような小さな物体であっても、質量を持つ全ての物体は周囲の時空間に歪みを生じさせます。もし周囲に何もない宇宙空間に宇宙服を着せた人間 2 人を置いておくと、2 人は自身の身体の質量によって周囲の時空を歪ませ、お互いに引っ張り合うような力を感じることでしょう。

ここまでの話で予想がついている方も多いと思いますが、実はこの時空の歪みこそが私たちが 重力 あるいは 万有引力 だと思っているものの正体です。古典的な万有引力は「質量を持つ物体どうしの間に働く引力」などと説明されますが、その物体の質量どうしがどうやって(=何を媒質として)互いに力を及ぼし合っているのかはニュートン力学では説明できていませんでした。この謎に対して、「質量が周囲の時空間を歪ませ、物体はその歪みの方向に沿った加速度を受ける」と説明したのがアインシュタインの唱えた一般相対性理論です。これは逆に言い換えると、重力とはある地点付近での時空の曲がり方(構造)を反映した力であると言えます。

質量を持つ物体がただ静止しているときには、その周囲の時空構造は質量によって歪められはするものの、その時間変化は穏やかなままでしょう。ではその物体が運動している場合にはどうなるでしょうか?これはたとえば、2 つの星がお互いの重力に引かれ合って共通重心の周りを公転している連星系などが該当します。このとき、星の公転に伴う質量の移動によって周囲の時空は激しく揺さぶられ、時空の歪みの「波」が立ちます。この波が 重力波 です。重力波は一度発生すると、ほとんど全ての物体をすり抜けながら宇宙の彼方へと伝わってゆきます。

重力波が来ると何が起きる?

重力波は重力の波でもあり時空の歪みの波でもあります(同じことを 2 回言っただけ)。ということは、ここまでの説明で「重力波が来ると何が起きるか?」という問いに対する答えが何となく見えてきましたね?

重力波が引き起こす現象の 1 つ目は、物体におよぼす潮汐力 です。上の図で質量の周囲の時空がぐにゃりと曲げられているように、重力波が到来すると物体はある方向には引き伸ばされ、それと直交する方向には押し縮められるような力が働きます。

重力波が引き起こす現象の 2 つ目は、離れた 2 地点間の距離の変化 です。上の図で時計が置かれている座標の格子点は、もし質量による歪みの影響がなければ規則正しく等間隔に並んでいたはずです。それが時空の歪みの影響により、ある 2 地点間では距離が縮められ、またある 2 地点間では距離が伸びています。重力波が発生するとこの伸び縮みの効果が交互に波となって伝わっていくため、特定の 2 地点間では周期的に互いの距離が長くなったり短くなったりします。

現在主流となっている LIGO や KAGRA などのレーザー干渉計型の重力波検出器は、この 2 つ目の現象を利用して重力波を観測します。この離れた 2 地点間に鏡を設置しておき、レーザー光の往復時間の変化から重力波による空間距離の変化を読み取るのです(下図)。

レーザー干渉計型重力波検出器の模式図

実はここまであまり触れてこなかったことがあります。それは、重力波が引き起こす潮汐力や距離の変化といった効果は とてつもなく弱い のです。読者の方でこれまで生きていて「あ、今なんか時空歪んだ感じしたわ」と感じたことがある方はほとんどいないと思いますが、それもそのはずで、重力波による距離の変化は 太陽〜地球間の距離が水素原子 1 個分伸び縮みするレベル で極小なのです。

重力波の引き起こす現象があまりにも極微だったために、アインシュタインが 1916 年に重力波の存在を理論的に予言してから 2016 年に直接観測が達成されるまでに、人類は 100 年分もの技術的進歩を要しました。ちょうど理論的な提唱から 100 年という節目に「重力波で宇宙を見る」天文学の歴史が幕を開けたという出来事は、何とも Roman を感じる物語ではないでしょうか?

まとめ

今回は重力波というホットでエキサイティングなトピックについて、現象論的視点からなるべく定性的な説明を試みました。正直時間が許せばまだまだ重力波や重力波観測の面白さを語り明かすネタはたくさんあるのですが、今回は待降節に逸る気持ちを抑えつつ重力波の触りのお話だけにとどめておきたいと思います。

身の上話になりますが、私は現職では天文・宇宙とは関係のないお仕事をさせていただいているものの、前職では重力波観測の研究をしており、今回は執筆にあたって久しぶりに相対論という純粋科学にとっぷり触れることができました。宇宙・天文のわくわくを感じる機会をくださった Einstein’s Cross の皆様にこの場を借りて感謝申し上げます。

相対論は計算から導かれる現象や解釈が非日常的で直観的に難解であることが多く、自然科学の中でも量子論と並んで論議を呼ぶ分野だと思います。本記事では直観的な理解を促すため敢えて枝葉末節を省いた平易な説明を心がけましたが、もし読者に間違った理解を与えてしまうような箇所を見つけた方は本記事のコメントにてご指摘いただければ幸甚です。

ここまで拙文を読んでいただきありがとうございました。それでは良いクリスマスを!

執筆者紹介

執筆:えとある ( @EtoAl )

この記事は Astro Advent Calendarの企画記事です

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